家庭を忘れ夫を忘れ、家事や炊事を忘れ、幸子は毎週のように夜な夜な、盛り場へ足を運んだ。
もちろんこの間、知り合った涼とも会ってはいた。
しかし、今回は違うお相手であった。
お相手は、お見合いパブや不動産を経営しているような、立派な男性であった。
また、相手は面長で、背の高い温厚そうな紳士だった。
実は幸子はこの男性にプロポーズをされていた。
幸子も決して嫌な顔はしなかったが、妻である身の幸子がこの男性の申し出をすぐに受け入れるわけにはもちろんいかなかった。
「あなたは優雅だ、一緒に暮らしたい」
確かにその経営者は幸子にそういったのだ。
幸子ももちろんそのプロポーズに悪い気はしなかった。
だが家庭をすぐ捨てる訳にも行かなかった。
それに、その時点で夫がいたかどうかも今となっては分からない事であるし、いたとしても、別れるほど仲が悪かったわけではないと思うから。
今回のお相手の経営するお見合いパブの地下室で、今にも頬ずりをする勢いで、幸子にその経営者は擦り寄っていた。
その地下室では透明の冷蔵ケースにバドワイザーがたくさん用意されていた。
幸子は当然のように飲み漁りだした。
それをみてもここの経営者は一言も怒ったりはしなかった。
むしろニコニコと微笑んでその光景を眺めていた。
「好きなだけお飲みなさい」
その経営者は非常に温厚に幸子に対してそう言ったのだった。
しこたまバドワイザーを飲んだ後、店内の音楽に合わせて二人はチークを踊りだした。
バドワイザーのお礼だろうか、優雅な足取りで二人は寄り添いながらチークダンスをしだしたのだった。
原型がまるで土偶のはにわ顔であっても化粧映えのする幸子の顔をこの経営者は嫌いではなかった。
プロポーズするくらいであるから、この経営者だって幸子が結婚をしていることにはまったく気づいていなかったろう。
また知っていたとしても自分の経済力だったら簡単に奪い取れるという自信もあったのかもしれない。
そんな彼のことを幸子が頼もしいと思ったのかどうかはわからないが二人は結構、でった当時は頻繁にデートをしていた。
また経営者の自宅にもしげしげと通った事さえあった。
それを愛と呼べるかどうかはまた別問題だとしても男を次から次へと蝶のように舞い飛ぶその行動がまた都会の奇怪な風物詩として語り継がれていくようになったのはいうまでもない。