炊事、洗濯、掃除、子育て、夫との夫婦生活、これら全て主婦なら果たすべき、当然の勤めであろう。
それにも関わらず、幸子は自分の日記を鍵つきにしたり、自分専用の本棚にも鍵を付けたりと自分の世界を守ることだけにもっとも神経を集中させていたのだ。
夫や子供がいたとしても“こいつは”と見下した相手には一言もそのことを話すことはなかった。
ひたすら自分の素性を隠していた。
それを言葉で表すなら自己防衛本能といったりするだろうか?
しかし、どうだろう。
家庭があることを隠すことが果たして自分を守ることなのだろうか?
返って周囲の者達にとっては、それがバレタ時点で大きな不信感に変わるのではないだろうか?
おそらく幸子の家庭というものは、
「あなた、食事にしますか?それともお風呂にしますか?」
というよくCMやドラマで演じられているドラマのひとコマのような爽やかでほのぼのとした家庭のムードとは到底、無縁の生活ぶりであるのは、まず、間違いなかろう。
毎週のように夜遊びを重ね我が家に帰れば、主婦幸子の代わりに、主夫となって部屋の掃除や片づけをする夫の姿があるのはまず間違いあるまい。
子供がもしいたならば子供をお風呂にいれるのも夫の役割分担だろう。
小説家になりたいというのは確かに立派な夢であるし、何もその考えは間違っていないと思う。
だけどそのための社交や、その夢を支えてくれそうな人とのお付き合いのほうが大事になってしまうとまた話は別だ。
自分の夢にマイナスになる相手や自分の夢にとってなんのメリットもないと感じた相手はすぐ切り捨てていく、それが幸子の信条であり、モットーであったから。
家庭よりその関係のお付き合いのほうが大事であるのが当たり前なのか?
それとも結婚する時にそれが条件だったのか?
だとしたら幸子の夫は少しマゾの毛がありはしないか?
それほど好きだったともいえるだろうが。
その辺は想像する以外は検討もつかないことだ。
しかし、幸子の夢のために日本全体が揺らぐ必要性もまったくないのではなかろうか?
もしそういう状態にわが国、日本が成り下がっていたとしたら非常に滑稽な状態ではあるまいか?
そして、彼女が小説家にある事情で到底なれない状態に陥ったからといって、まるでそのお付き合いのように周りまでもが同じ道を歩む努力を強いられる必要性もまたないのではないだろうか?
そんなことを感じる今日この頃だ。
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堅苦しい一面、幸子のその英文の流麗な語り口は、その溢れ出る知性の息吹に嫉妬の炎を燃やすもの意外は、憧れにも似た感情をもっていた。
そしてまた、カラオケBOXで酒を呷っている間も常に頭の片隅には家庭のことがチラついてはいたのだった。
幸子もやはり、遊んではいても家庭のことは気になっていた。
それは主婦なら当然のことだろう。
幸子が常に頭に浮かぶのは、部屋に置いてきた日記の場所だった。
結構、思いつきで自由に色んなことを書きなぐっていたのでそれを一緒に住むものに見られるのは忍びがたかった。
自分の世界を踏み荒らされ壊されるのを異常に恐れていたのだ。
その他にも自分の大事にしている書籍類に断りもなく手をかけられるのも嫌だった。
幸子が普通の主婦とまったく違ったのは、一般の家庭の雑多なことにはまったく眼中になく、ただ自分だけの独創の世界や将来の夢につながる大事な部分にだけ常に神経を尖らせていたことだ。
殆ど気分は独身時代と変わっていなかった。
夫ですらきっと幸子にとってはただのルームメイトに毛が生えたものなのだろう。
毎週のように遊びに出かけているのもこれっぽっちの罪悪感もなかった。
その為に自分の家庭に支障をきたしている面はまったくないと幸子は言い切れると信念ともいえる強い意志をもっていた。
当たり前のことだが、自分のことを主婦失格者などただの一度も思ったことなどなかった。
今しかできない楽しみを今のうちに思いっきり楽しみたい。
常にそう想っていた。そして、そう行動していた。
そして、幸子はもし子供がいたとしてもそんな雰囲気すら一緒にいる相手にみせたことは一度もなかった。
家庭をまったく感じさせないオーラが幸子の全身から常に漂っていた。
子供がもしいたとしても周りから見ればよもや子供がいるなどと誰が想像できだろうか?
もしいたとしたならば、里子に出しているか実家に預けっぱなし状態しか考えられないと思う。
幸子というこの詐欺主婦は、情が濃いタイプにはどのように考えてもみえないのだ。
常に暇さえあれば街にパートナーを誘いお洒落をして繰り出していた。
その様はさながら自分のアジトをひた隠し遥々遠方の地まで彷徨い揺らめき風に舞い浮遊する漆黒色の雌の毒蜘蛛のようであった。
その他に幸子の趣味嗜好を挙げれば、カラオケで歌を歌うというのが好きだというのが挙げれるだろう。
幸子がマイクを持てば、一時間や二時間は平気でマイクを離さないこと請け合いだ。
その姿をみてカラオケに誘われた例のごとく、ツーショットや出会い系で幸子と知り合ったその日限りや数回のお相手のパートナーは、幸子のことを芸のある可愛い女だと思ったか、或いは少しは相手にも花を持たせろよと思ったかは人それぞれだったと思う。
特に幸子が鼻歌交じりでの英語でビートルズのLET IT BEを歌えば、音程が少し不安定なもののスラスラと歌うその流麗な様に知性さえ感じるものも多かった。
また平生からの幸子の口癖の「私は御茶ノ水女子大卒です」という言葉を信じるとすれば、その様子になんら不思議な感じは受けなかったことだったろう。
おそらく幸子はカラオケBOXを徘徊するその当時から知り合うもの達の大半に“彼女は英語がペラペラだ”と思われたに相違ない。
しかし、またここでもいつもの問題にぶつかるのだ。
さて、その問題とは?
その答えはとても簡単だ。
幸子はカラオケBOXで歌を歌う時でさえ、浴びるように酒を呷る行動を忘れなかったのだ。
その御代はやはり当然のことながらパートナーの負担になっていた。
何時間も平気で一人で歌い続け、―無論、歌のレパートリーは一曲ごとに変わっていったが―相手が歌う番がやっとくれば殆どまともには聞かず酒を呷るので賢明だった、しかし、多少常識はあるのか一応歌い終わると拍手はしていたのだった。
それも必ず毎回とはいえないが、・・・・。
それでも一流大学をでたお嬢さんの遊び相手に選ばれたという優越感で相手は鼻高々の有頂天になっていたのだ。
そして、もちろんこのカラオケの場面でも幸子は酒を飲んで心から陶酔するということはまずなかった。
常に真顔で素面と変わらなかった。
まったくといっていいほど酔わないのだ。
「私が歌を歌っているのじゃないわ、私が歌に歌に歌われているのよ」とかなんとか幸子が言ったかどうかはちょっと記憶が鮮明ではないがまあ、そういうことにしておこう。
まるで本を読んでいるような台詞を吐くこともあった幸子だが、これには歴とした理由があった。
それは彼女の将来の夢の話だが、彼女は将来小説家を夢見ていた。
なので、彼女は本をとても沢山読んでいたので、人と会話をする端々によく本の中に出てくるような台詞を吐くこともしばしばであったのだ。
それを優雅で流暢と捕らえるかどうかはまた人それぞれだといえるだろう。
幸子がまるで本の文章のような台詞を吐くたびに、堅苦しいと感じたものも多かったに違いない。
幸子の詐欺は、チョコレートボンボンやゲームソフトや図書券だけではなかった。
さも送り狼もOKよといいたげな風情で、浴びるように酒を食らいその御代を一緒に酒を飲むパートナーに当然のように支払わせていた。
そのパートナーは、巷の出会い系とかツーショットなどで引っ掛けた相手だ。
その相手を自分が雑誌などでみて調べたお気に入りのスポットのバーや、自分自身が色々と訪ね歩いてみつけた秘密の憩いの場所へ誘い大好きな酒類を厖大に奢らせていたのだ。
もちろん自分の秘密の憩いの場所へ誘う相手は選んでいた。
が、幸子というこの詐欺主婦は、興を外すと、よく考えもせず手当たり次第に相手を自分だけの秘密の場所へ平気で誘っていた。
まさに幸子の遊びの概念にはタブーは存在しないのであった。
そこに在るのはひたすら、主婦業を忘れスリルや刹那に身を任せ半狂乱状態の哀しいあばずれ女の姿であった。
幸子がいつから主婦だったのか、最初から主婦だったのか詳細なことは実は私も知らないのだ。
それは突然ヒョンなことから判ったのだった。
しかし、幸子という詐欺主婦は非常に一緒にいる相手を楽しませ惹きつける天性のようなものを生まれつき持っていたので、多少嘘がばれても本気で恨まれるということは少なかった。
今現在に至ってもこの詐欺常習犯幸子のことを憎からず思い続けている紳士淑女は非常に多いと思うのだ。
そういう意味では幸子はある意味、裏界隈では人気者といってもいいだろう。
そして先にお話した幸子のことを憎からず思い続けている相手が紳士淑女だということに関しては、幸子が男性ばかりでなく同性の女性からも慕われていたということを匂わす表現だが、ズバリそうなのだ。
幸子は世に言うバイセクシャルの毛があったのだ。
また、或いはそれは詐欺であり、一時何らかの利益のためにそういうフリをしていたかだ。
いづれにせよ。そういう界隈でも彼女はとても顔が広く、彼女のことを知っている人々は非常に多かった。
お酒がこの上なく大好物な幸子はいつも浴びるように酒を飲んでいた。相手が飲みすぎでダウンしてフラフラしてきても幸子は平気な真顔で笊だった。
そんな幸子を頼もしく思うのものもいれば、女の癖に少しはしたないなと思うものもいたことだろう。
ただお酒を飲ましただけで幸子を口説くということはたいがいの男は匙を投げねばならかった。
どんなに時間をかけて酒を飲ませても一向に酔わない幸子を横目で見ながらペッと唾を吐き捨てる男共も非常に多かった。
では、なぜ幸子は自分のプライベートをこれほどまでに公表することを憎み嫌うのだろうか?
それは、説明するならばこういうことだろう。
幸子は柄にもなくものすごい見栄っ張りで、あちこちの知り合いに自分は御茶ノ水女子をでただの東大卒だの妄想も甚だしい夢の絵空事をまるで正真正銘の事実であるかのごとく触れ回っていたのだから。
しかも、その話の内容が一貫して同じ内容ならともかく相手によって供述する内容がすべて違っていたものだから、これまた真に話がややこしくなるのだ。
どういう場合にややこしくなるかというと、これらのそれぞれに違う自分の経歴を演出していたもの同士が鉢合わせになると非常に困ることになるからだ。
“私には幸子さんはこういったわよ”“俺には幸子は確かにこういったぜ”
と、そんな風にそれぞれの声が不審が絶頂に達した様子でざわめきさざめき合うのは目に見えていたからだ。
このような現象や行動を人は犬に噛まれたと表現したりする。
もっとわかりやすく表現するとよく被害にあった息子や娘に対し親が“犬に噛まれたと思って忘れなさい”というあれだ。
また、そのような人を欺く悪行を世に言う詐欺と称している。
そう幸子は間違いなくその詐欺を行っていた。
また、もしかしたら現在も相変わらず行っているのだろう。
幸子の人相がもしどこかの大トップにでも似ていたら、その大トップが指揮する業界にもおそらく多大な影響がでているのは間違いない。
今までになかった証拠隠滅を図るかのごとくの大々的なシステムが登場してもまったく不思議なことではあるまい。
現にそれに近い現象は至る所で起きている。
まず、詐欺対策を打つための一番の影響や結果は出会いの場の内容がグーンとシビアになったことだろう。
無声音のパントマイムが主のチャット仮想空間が増えたのがその顕著な例といえるだろう。
そのおかげで自分を隠して妄想で作り出した世界で思う存分楽しむことも可能になったがその逆に世間は詐欺常習犯罪者の味方なのかという大きな不信感が湧き上がるのも否めないのが現状だ。
そしてさらに強く言うなら、主婦詐欺はなにも幸子だけではないのだ。
主婦を含め、たくさんの幸子のような詐欺常習犯罪者は遠い昔から存在しているのだ。
ただ、幸子の場合、どこかの大トップに似た人物は殆どといって総ナメしていたらしく、そのための苦情が非常に多く、彼女をどうするかがまず出会い業界の大きな課題になってしまったのは間違いなかろう。
独身の振りを続け、さも結婚をしてもいいような素振りをしながら、お気に入りの外国製のチョコレートボンボンをプレゼントで自分宛に送らせたり、大好きなゲーム類を買わせたり、図書券をせびったりしていた。
そんな自慢にもならない愚の骨頂のような、せこい詐欺を常に繰り返していたのだ。