はしゃぎながら義男の話をしているうちに、とうとう耐えられないくらいの眠気が襲ってきたので、観念して眠ることにしたのだった。
幸子とユミコの二人は、そのまま静かに床についた。
目が覚めると、もう既に時刻はお昼を回っていた。
先に目が覚めたのは、幸子の方だった。
まだ眠りの中にいるユミコの顔を眺めながら、ふと幸子はこう思った。
“どうして、ユミコは、最初私に死の呪いをかけたのかしら?私の大事な人を拝借したとかどうのとか言ってたけど、私、この人の事もこの人の知り合いの事も何も知らないっていうのに・・・”
考えれば考えるほど、謎は深まっていくのだった。
男である、義男と哲史は、スッカリ、ユミコの美貌や育ちの良い躾の行き届いた上品な立ち振る舞いに参ってしまい、義男も哲史も体を失ったり、足を挫いて痛めたと言うのに、始終、鼻の下を伸ばしてデレデレとしていた。
特に義男などユミコの邪悪な呪いの為に体を無くしたと言うのに本当にどうかしている。
スッカリ、心底から容姿は去ることながら、性質も含めその器量の良いユミコの全てに陶酔してしまったかのようだった。
自分の命を奪われかかったというのに・・・・・
そんな想いが幸子の脳裏を走馬灯のように駆け巡った。
幸子だって、一時は死の呪いをかけられ、命を危ぶまれたのだし。
自分は、義男とか哲史と違って、同じ女だし、ユミコがどんなに美しかろうが、それに血迷って本当の事を見失いたくないと強く思っていた。
どちらかと言えば、自分もユミコと同じような種類のタイプの人間であるのも薄々気づいていたのだ。
それは、どういう事かと言うと、ハッキリと選別すれば、自分もユミコも相手を自分の魅力で惑わし、冷静な判断を狂わすタイプだという事だった。
もし、自分が世に言う詐欺常習犯罪者というものであれば、ユミコも間違いなくそういうタイプの人種であろう。
そんな事を、頭を過ぎっている時だった。
ユミコが大きく伸びをして起床した。
「あぁ~~!!おはよう!!!」
明るく元気の良い爽やかなユミコの“おはよう”のお目覚めの声が幸子の自室に響いたのだった。
―幸子の自室では、まだ寝付かれない女達の会話に花が咲いていた―
「本当に素敵よねぇ~~ダンディーって言うかさぁ~~!!」
と幸子が言えば、
「存在自体が絵になるのよねぇ~~!あんなに素敵だったら体なんて無くたっていいわぁ~」
ユミコが負けずに応戦していたのだった。
勿論、話題の主役は義男の事だった。
幸子とユミコの二人は可愛いパジャマ姿で布団に包まりながら、はしゃいでいた。
その姿は単なるそこら辺にいる無邪気で純粋無垢な乙女達と変わらなかった。
その頃、やはりというべきか義男は自室で、ヘックションッとくしゃみをしていた。
勘が働いたと言えばいいだろうか。
枕を両手で胸に抱きしめながら布団の上に胡座を掻いてユミコが目をキラキラと輝かせながら、ウットリと表情で一人、ニヤニヤとすれば、
「何をそんなに嬉しそうにしているのですか?まぁ、無理も無いけど、義男さんとラブラブですものね」
と幸子が囃し立てた。
義男の事で、話題はドンドン膨らみ盛り上がり、乙女同士の会話は話題に事欠かなかった。
「彼の事を想うと胸がジーンと熱くなるの・・・」
とうとう、そんなことまでユミコが言ってのけたのだった。
ユミコという女は幽体離脱だとかテレポーテーションだとか、摩訶不思議な能力に長けていたが、仕事は挿絵ライターという、ごく一般的なものだった。
まあ、特殊技能と言えば、そう言えなくも無いが。
挿絵ライターの傍ら、美少女マンガなども時折、手がけていた。
なので、美意識に優れていると思われ、恋する相手の男性もきっと美男子なのであろうと想像されるのだ。
やはりというべきか、義男は切れ長の瞳の中々の美男子だった。
そして、その瞳は瞬きをするたび、キラキラと光を放ち、本当に童話の中に出てくる星の王子様の様だった。
義男は、哲史が、突然のアクシデントで、幸子の自室の宙から落下してしまった為に、足を挫いて痛めてしまったのを気遣い、タクシーを幸子の自宅の前に呼ぶことにした。
そして、タクシーを呼び、到着を確認し、さあ、帰ろうという時だった。
その時、驚くべきことが起こったのだ。
な、なんとユミコが、栗色のフワフワとしたセミロングの髪の毛を振り乱しながら、立ち去ろうとする義男達に向かって駆け足で向かって行ったのだった。
そして、半透明の上半身姿の義男の後姿の目の前まで辿り着くと、ヒョイッと義男の背中にイキナリ抱きついたのだった。
「待って下さい!!どうしてもお礼をもう一度言いたくて・・・そして、出来たら、また会って欲しいなって・・・・思って、お願いします!!また会って下さい!!!」
それは、とても大胆で情熱的な告白シーンだった。
義男の背中に抱きついたといっても、義男は、もはや肉体のない身だったので、そういう 気分に浸って一人ジェスチャーに走ったという表現が正しいかもしれない。
其れほどまでに、優しくて頼もしい義男に心から恋をしてしまったと言えば良いのだろうと思う。
体の無いことなど、まったく気にならないほどにユミコの心は熱く激しく燃え上がっていた。
もはや、義男なしではいられない程に。
義男も男として、据え膳食わぬは恥というものだし、気持ちは多いに揺れまくったのだった。
肉体の無い身だと言うのに、己の身の内には熱い血潮が逆巻き、逆流していた。
「あぁ、構わないよ、君がそう望むのなら、また会おうね、ただ明日は、いつもの場所で会おう!他のみんなと会う約束をしているものでね!今度、二人でユックリと会おうね!!」
誰もいいムードの中の二人を引き裂くことは出来なかった。
あの幸子でさえ、義男がとても素敵な男性なので悔しいなとも感じたけど、ユミコの素直で情熱的な態度には感動して思わずエールを贈りたくなったほどだった。
“頑張れ!ユミコ!!”本当に心からそう思ったのだった。
義男は優しく、ユミコの自分の半透明の上半身姿を抱きしめている手を握り締めると
「明日が楽しみだね!みんなとも話そうね!!」
と相変わらずのジェントルマン振りを振舞った。
それから、そっと優しくユミコの手を振りほどくと哲史と共にタクシーに乗り込んだのだった。
その時だった。
幸子が、ユミコの右側の頬骨のあたりから口元にかけて赤い細い筋が頬のラインを伝って流れ落ちているのを発見したのだった。
その赤い筋は、明らかに人間の血液だった。
「あら、いけない!さっきあなたが気絶して倒れたものだから心配で心配で、目を覚ましてもらいたい一心で少し強く打ちすぎちゃったみたいだわ!」
そういいながら、幸子は自室の隅においてあるエンジ色バッグの中からお洒落な花柄のハンカチを取り出すと直ぐにユミコの右頬に当てたのだった。
勿論、頬を伝う血を拭う為だった。
ハンカチは頬に当てた部分が、あっという間に真っ赤な血の色に染まっていった。
「私、感覚がないみたい、少しも痛みを感じないのよ!記憶も少し消えたし、どこかおかしくなっちゃったのかしら!!」
ユミコが困惑した表情でそう言うと傍で聞いていた義男がこう言った。
「おぉ、おぉ、可愛そうに、後で痛くなるよ、僕の術で治してあげよう」
そう言うとまた義男は半透明の上半身姿のまま、両方の掌を胸の前で組んで呪文をブツブツと唱えだしたのだ。
すると、どうだろう、たちどころに、ユミコの頬の血が引いていったのだった。
そして気づけば頬は元の状態に戻っていた。
「ありがとうございます!!」
本当に親切で頼もしい義男に対してユミコは心からそう感謝したのだった。
そして、それと同時に義男のそのチャーミングな笑顔に心トキメキぐんぐんと惹かれていったのだった。
哲史も、いつの間にか話の輪に入ってきた。
「おい!心配したぜ!!さっきはどうなることかと思ったぜ!!!」
と、とても嬉しそうに瞳を安堵の色に輝かせていた。
「あぁ、でも私、そろそろ、色々とありすぎたので疲れてきちゃったわ!!」
それは、無理もなかろう、短い時間に、あれ程、沢山のいろんな出来事があった後なのだ、誰でも疲れ果てるはずだ。
「なら、僕と哲史君は帰るけど、今日は、ユミコ君は幸子君の部屋に泊まって目が覚めたら例の場所で落ち合おう!!」
気を失った相手を目覚めさせるのには、これが一番よと言いたげに幸子は、何度も激しくユミコの両頬を代わる代わるに平手でピシャリ!ピシャリ!と打ちまくった。
義男も哲史も幸子のこの行動を止めようとしたが、“どうしても、ユミコさんに目を覚まして欲しいから”と言う事で幸子は彼らの忠告を聞き入れなかったのだ。
義男も哲史も、ただハラハラしながら見守るしかなかった。
するとどうだろう、ユミコの頬を幸子が打ちまくりだしてから、かれこれ20分くらい、たった頃だろうか?
手加減はしたものの、20分も、頬を打ちまくったために、ほんのりピンク色にほてった頬が、微かにピクリと動いたかと思うと、カッと見開かれた瞳孔が徐に正常な瞳孔に戻ったのだった。
そして、プルッと顔と首を震わしてから、その世にも美しい顔を幸子に真っ直ぐに向けたのだった。
「あぁ、ユミコさん!目が覚めたのね、本当に良かったわ・・一時はどうなることかと思ったわ」
と幸子は喜びの表情を浮かべた。
本当にユミコの身を案じて、心から心配していたし、義男から授かった‘愛しい者’が、体の中で確かに芽吹いていくのを感じ、自分の中で、今、何かが変わっていくのをヒシヒシと感じていたのだ。
一番変わったと思われる点は、自分を襲った相手に対して許す気持ちが沸き、慈愛に満ちた態度を取れるようになったことだった。
これが義男から授かった‘愛しい者’の力だとしたら、その効力は絶大だと言わねばらないだろう。
普段の幸子だったら、この状態の場合、こんな思いやりある態度を取るのは、多分、絶対に無理であろう。
ユミコはスッカリ元の調子に戻り、ケロッとしていた。
「あぁ、私ったら、今までどうしていたのかしら、何も覚えていないのよね・・」
ただ、記憶は一部なくなっていたらしいが。
消えた記憶は幸子のことを襲った所からだった。
もっと正確に言えば、幸子の自慢の長い黒髪を鷲掴みにした処から記憶が消えていたのだ。
「本当に、よかった!心配したのよね!」
幸子がそう言うとユミコもとても嬉しそうに微笑んだのだった。