しかし、それにしても、義男もどうかしている。
‘愛しい者’を呼ぶために行った魔術で、どういう訳か手違いで現れたユミコの怨念のような生霊の化身に自分の身を滅ぼされ、肉体のない身となったのにも関わらず幽体離脱とか、テレポーテーションのような霊能力や超能力を駆使して、突如、幸子の自室に現れたユミコに対して、慈愛に満ちた情け深い態度は、まるで生き菩薩のようであった。
自分が幸子の自室で術によって改めて、再度呼び寄せた‘愛しい者’の出現で、あっという間に床に倒れ付してしまったユミコを少しも恨む様子も見せず優しく介抱して見せたのだった。
やはり、男という物は、例え、一度は命を狙われようと敵があまりにも美しすぎると己を忘れて、溺れきってしまう者なのか?
だとしたら、あまりにも情けなく滑稽なことではなかろうか?
心の奥底から湧き上がる煩悩が15人とそれプラスの陰謀集団の中でも、もっとも知能に優れ冷静なタイプの義男の心さえも蝕み、魔物のような美貌の前では己をコントロールすることが不可能になり赤子同然なのだろうか?
それに、義男の言う‘愛しい者’だってユミコに負けないくらい美しいのだ。
いや、もしかしたら、義男の‘愛しい者’はユミコの美貌を軽く超えているかもしれないのだ。
つまり、それくらい美しいということだ。
確かに先ほど幸子の自室で、義男が術によって‘愛しい者’を呼んだ時に、初めてその姿を見た者達は皆、その美しさに見惚れて我を忘れたのは事実だった。
哲史などその現象がハッキリ行動に現れていた。
海外旅行まで共にし、あれほど気に入っていた幸子やこれまたウットリするほどの美貌のユミコに対しても突然ツッケンドンな物言いに変わっていた。
まあ、哲史の場合、常日頃からツッケンドンな物言いには違いなかったが。
そして、幸子はといえば、身の内に義男からユミコの邪悪な魔術からの保身の為に授かった‘愛しい者’を抱え込んだまま、いくら呼んでも目を覚まさないユミコに対して、どう思ったのかふとユミコのつけている黒い金と銀のラメ入りの仮面が気になり、それを外そうとして仮面に手をかけていた。
仮面を外すと、そこにはユミコのこれまたそれはそれは美しいまるで御伽の国から抜け出た絵のような美貌のフェイスが露になったのだった。
幸子は思わずその輝くばかりの美しさに息を呑んだ。
同性から見ても、そうなのだから男から見たら、きっと誘惑から我が身を抗ぐことが出来ず堪らないことなのだろう。
幸子にもそれが分かったので、ここにいる呆けた男達の行動を非難する気などサラサラなかったのだ。
「ユミコさん!目を覚まして!!」
必死で意識を取り戻しかけているユミコに対して幸子がそう呼びかけるとユミコはカッと見開かれた瞳孔を幸子のほうに向けた。
幸子は一瞬、とても恐ろしくなり、怯えたが、今はそんなことを言っている場合ではない、ユミコを救わなければと懸命に考えていたのだった。
とにかく何とかユミコの意識を取り戻さなければと思い、悪いとは思ったがユミコの頬をピシャリと引っ叩いたのだ。
「おい!幸子、ちょっと乱暴じゃねぇかぁ~~!!しばらく放って置けば、きっと目を覚ますぜ!!なっ、ほっとこうぜ!!!」
哲史は、新しく登場した義男の‘愛しい者’が幸子の体に入った際に、原因不明でユミコの邪悪な魔術によって宙に浮かされていたその身が突如落下した為に挫いて痛む足を床にしゃがんで、ずっと両手で摩っていた。
「おぉ、それにしてもいてぇ!!骨折でもしたかなぁ?!」
ユミコは脈は正常だったが、以前意識は戻らないままだった。
しかし、男というものは、あれほど邪悪な魔術で襲われようとも相手がユミコのような美女だと遣っ付けてやろうとまでは思わないのだろうか?
だとしたら、男という者は本当に業の深い、煩悩の塊と言うべきではなかろうか?
無論、この物語のタイトル自体、‘詐欺常習犯’と言う言葉が使用されているくらいだから、特別、業の深い者達が暗躍する物語なのであろう。
なので、理屈では罰さないといけない相手なのに相手がとても美しかったりすると見え透いた手口の詐欺でも簡単に引っかかったり、入れあげた挙句、全財産を失い、路頭に迷ったりするそんなレベルの者達が活躍する物語なのだとタイトルから想像できるのだ。
既に、この段階で、過去、幸子に騙され続けた男たちが各メディアや宣伝媒体で幸子が義男が推薦する例のバーチャル空間に、いつも居ると知りワンサカ詰め掛け、その人数はもはや厖大に膨れ上がっていた。
つまり、この瞬間にも、その例のバーチャル空間に幸子のアバターが来ていないだけで、イライラして動揺して騒ぎ出す者達が後を絶たなかったのだ。
『幸子、今頃何してんだろうなぁ、まさか他の奴と楽しんでいるんじゃないだろうなぁ・・』
『ここなら幸子に会えるって聞いたから来たのにいないみたいだな・・詐欺だったのか?!』
などなど、口々に不信や不満の声を挙げる者達が後を絶たなかった。
もうまともに付き合えることなど二度とないとは分かっていたが出来るだけ長くここに幸子を監禁して、自分が誰だか悟られることなく好きな時にいつでも会いたいと考えている奴らが、このバーチャルの桃源郷にごった返していた。
狂ったようにここに通うもの達はあの15人とそれプラスの仲間達と同じく、集団で組んでいる者達も多く、15人とそれプラスの仲間達とはグループこそは違ったが、会社帰りに交替で、幸子がどこにも出かけないように見張ったり、プロに依頼して、幸子の自宅の周辺で事件を起こしバーチャル監禁活動に励んでいた。
哲史が、寄り添うユミコと哲史のいいムードの二人を囃し立てると、さっき空中から突如、落下した時に挫いて痛めてしまった足を庇う様に片手で抑えながら起き上がったのだった。
半透明の上半身姿のまま義男は少し照れ笑いをした。
まだ放心状態のユミコを介抱するかのように義男は幸子の自室の床に崩れ落ちたユミコを抱き起こして肩をソッと優しく抱いていたのだった。
「君も大事な足を痛めてしまったのだね、可愛そうに」
義男がありったけの同情と慈愛を込めて哲史にそう言うと、なんと哲史は憎々しげに歯軋りをしながら義男に対してこう言ったのだ。
「こうなったのも誰のせいだと思ってやがるんだ!お前の‘愛しい者’のせいだろうに!!よう、どう責任取るって言うんだ!!!」
そう斬りつけるように手厳しく哲史に怒鳴られると義男はスッカリ困惑の表情を浮かべすまなそうにこう返答した。
「どうやら僕の計算違いのようだったらしいね、今すぐには無理だけれど、必ず僕の‘愛しい者’の力の素晴らしさがわかってくるからね、でもすぐには無理だよ、何しろ人見知りをするものだからね、馴染むまで、少し時間が必要だと思うのだよ、でも絶対に君達を守ってくれるのは間違いないのだよ、それまで後もう少しだけ待っていて欲しいのだよ」
一気に長く話したので少し目眩がしたのか義男はユミコから離れ額を軽く片手で押さえていた。
「待てだと!人に怪我をさせておいてその言い草はねぇだろうがぁ!!そんなまやかしみたいな当てにならねぇもの誰が信じられるって言うんだぁ~!!」
二人が言い合いをしている最中に敵のはずのユミコのことを幸子が肩をさすりながら必死で意識を呼び覚まさせようとしていた。
敵を救おうとすること自体が、やはり義男から授かった‘愛しい者’の影響だろうか?
「大丈夫ですか?しっかりして!」
その時、幸子の表情がいつもよりやけに色っぽく若々しく輝いて見えたのは気のせいだろうか?
本当にゾッとするほど肌も透き通って白く見えたのだ。
これも‘愛しい者’の摩訶不思議な効力なのだろうか?
幸子の自室の部屋の中の窓から見える外の景色はもう真っ暗で、時計の針は、ちょうど夜の9時を指し示していた。
その時だった。
ユミコの瞳孔がまるで猫の瞳のようにカッと見開き輝いたのは。
ユミコの手は鷲掴みにされた髪の毛から離れ、既に幸子は自由の身だった。
幸子の服装は白い丸襟のブラウスに黒のタイトスカートと地味だったが、ユミコに突如襲われた為か、ブラウスの襟元は乱れ、左肩は半分露になっていた。
さっきまでの恐ろしい出来事の恐怖の為にその顔は苦痛で歪んでいるように見えた。
ユミコはと言えば、先程、突然座り込んだまま、放心状態のようだった。
無論、そういう状態に陥ったのは、幸子の体の中に義男の‘愛しい者’が入っていた瞬間に体調に変化が現れた為であった。
ユミコの体は突如金縛りにあったように全身が痺れて力が抜けて体が動かなくなってしまったのだ。
義男の‘愛しい者’が入っていった体は確かにユミコではなく幸子のほうではあったが、何故かユミコが突如体調に異常を来たし崩れ落ちてしまったかのようだった。
そして、それと同時に宙に浮いていた哲史の体が2,3回大きく揺れてから床に落ちてしまったのだった。
幸子の自室の床上1.5m位から落ちたので、そのせいで哲史は足を挫いてしまったのだった。
「うぅ~~!!いてぇ~~!!!」
哲史が悲鳴を上げると、幸子が驚いたように振り返り
「大丈夫ですか?!」
といいながら駆け寄っていた。
ロマンスの炎
義男は男として少し嫉妬に苦しみショックだったが、ユミコのこともとても気になるのでここはグッと堪えたのだった。
その時、ユミコは既に手に掴んでいたキラキラと光る杖を床に落とし、力なく頭を垂れ、全身をだらんと投げ出した状態で前向きにつんのめる様に倒れていた。
なので、義男も半透明の上半身姿のまま幸子達に負けずにユミコに向かっていったのだった。
「大丈夫かい?!苦しいのかい?」
そういいながら、義男は半透明の手でユミコの左手首を握り締めながら脈を確かめていた。
「あぁ、よかった!どうやら、脈は正常のようだね」
まるで、星の王子様のように凛々しく雄々しい義男がユミコの手を取りながらそう言う姿は、一国の王女を危機から間一髪で救い出した偉大な勇者のようであった。
「ひゅぅ~!ひゅぅ~~!!よう!お二人さん!お似合いだねぇ~~!!!」
するとどうだろう、義男の周囲、半径1.5m以内にムクムクとピンクのモコモコとした煙が湧き上がったのだ。
それは次第に、勢いを増して膨れ上がっていった。
義男が呪文を唱え終わったと同時にそのピンクの煙のモコモコとした塊は、一気にパーンッと弾けて飛び散り、その代わり同じ場所に人間の形をした物が現れた。
いや、どうみても人間だった。
しかも、どうみても女性の姿だった。
それも、とても容姿端麗のこれまた目を見張るような素晴らしい美貌だった。
ピンクのワンピースを着て髪の毛はセミロングで肩くらいだった。
年の頃は、18、9だろうか?
ユミコは、それを見て驚いたようにこう言い放った。
「まあ、何かと思えば、その女(ひと)はあなたの彼女かしら・・随分と綺麗な女ね」
哲史はさっきから宙に浮いたままの状態だった。
哲史も突然こう言い出した。
「おい!義男、その子はいったいなんだ!!説明しろよ!!!」
すると義男は、いつもの癖で、ゆっくりと深く息を吸い込んでから厳かにこう言った。
「この女(人)は、僕の愛しい者だよ」
哲史は目を瞬きしてギラツカセながら
「そうか、そいつがそうなのか?!お前がいつも言っていた愛しい者とは」
と言いながら幸子の自室の空中でユミコの邪悪な魔術で体の自由を奪われた末、唯一自由になる足先をバタつかせていた。
「そうだよ、その通りだよ、そして僕の愛しい者が幸子君を守ってくれるのだよ」
そう言い終わるか終わらないうちに、今さっき現れた義男の愛しい者は、スゥ~~ッと幸子の方へ吸い寄せられるように近づくと、そのまま幸子の体の中に入ってしまったのだった。
その時だった。
さっきまで凄い勢いで捲くし立てていたユミコがキラキラと光る杖を握り締めたまま、急に蒼褪めた表情になって後退りしたのだった。
その上そのまま床に座り込んでしまったのだ。