その時だった、幸子の大声がしたのは。
「きゃあぁ!!助けて~~!!!」
その声で、義男と哲史が慌てて幸子のいる方を振り返ると、な、なんと幸子の黒くて腰まで長い美しい自慢の髪の毛を鷲掴みにして、まるで、SMクラブの女王のポーズでいつの間にかユミコが派手な薄紫色のエナメルのタイトのコスチュームと唇には真っ赤な濃いルージュにハイヒール姿で立ちはだかっていたのだった。
緩いウェーブのかかったフワッとした長い髪に、目元には仮想パーティーで使用しそうな金と銀のラメが散りばめられた黒い仮面をしていた。
それは正に脅威の瞬間だった。
「さっきから黙って聞いていれば随分と好き放題に言っていたみたいじゃない?!」
また、例のごとく幽体離脱してきたのかどうかは定かではないが、幸子の髪を掴んでいない片方の手には、長めのキラキラと輝く杖のようなものを握り締めていた。
「お、おまえ、この間は、よくも!!あっ、それからそいつを離してやれ!!!なんて酷い真似するんだ!やるならこの俺をやれ!!!」
いつの間にか、ハワイ旅行に一緒に行けたせいもあるが、この詐欺常習犯の悪女幸子への憎しみから熱い思いに変わっているかのようだった。
いや、しかし、15人とそれプラスの仲間の結束はそんな柔な物ではないはずだが。
まあ、そういう事にしておこう。
あくまで挑戦的で血気盛んな哲史に対して、嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべ、ユミコがこう言い放った。
「この女を解放して欲しかったら私に勝てないと無理よ、だけどあなたには絶対無理だわぁ!!」
「なんだとぉ、このぉお~~!!」
哲史がイキナリユミコに向かって襲い掛かろうとしたときだった。
ユミコが片手で握っていたキラキラと輝く杖を宙にクルリと一回転して振りかざすと、その途端、哲史の体がフワフワと宙に浮いたのだった。
「うふふふふふw本当にぶざまねぇ!さっきまでの勢いはどうしたのぉ?!」
「ちくしょう!!!」
ユミコの邪悪な魔力によって宙にフワフワと舞いながら哲史は何度も宙に空パンチを送ろうとしたが体も金縛りにあったように硬直したまま動かなくなっていた。
その時義男は、いつの間にか俯き加減でブツブツと呪文のようなものを唱えていたのだった。
幸子が開けた扉(ドアー)から、哲史が幸子の自室に飛び込んできた。
まさに、その表現がピッタリだった。
中に入ってくると哲史はイキナリ第一声!!
「おう!どうやら俺の言ったとおりになったらしいな!!幸子、おまえも原因不明の体調不良になっただろうよ!!!」
と息巻いたのだった。
幸子がすかさずこう答えた。
「どうして、それを知っているんですか?」
「あぁ、部屋を見ればわかるぜ、苦しくて暴れたんだろう!!俺もそうだったからな!!!」
確かに、今現在、幸子の部屋は幸子がユミコの邪悪な‘死の呪い’によって、急に息苦しくなり、もがき喘いだ末に、デスクの上を爪で手当たり次第に引っ掻き回した為に、デスクの上にあった書類やノートや文具類が床一面に飛び散り、乱雑していたのだった。
この惨状を見れば誰しも何かとてつもない恐ろしい事があったと想像するはずだった。
「でも、無事でよかったね」
やっと少し遅れて義男が会話に入ってきた。
「おぉ、お前もいたのか、お前もあいつの呪いのせいで、そんな姿になったんだろう?!よう・・」
いつものチョッピリ不良っぽく、疑り深い目つきで哲史がそう義男に問いかけると、義男はいつもと変わらず冷静に諭すようにこう答えたのだった。
「確かに僕も彼女の力の凄さを見縊っていたようだよ、何しろ魔方陣の結界を破ってしまったのだからね、こうなるともう僕の能力では限界だよ」
「それはどういう意味だ!」
「それは、つまり・・」
一旦、会話を止めてから、半透明の上半身姿の義男が、ユックリと深く息を吸い込むような仕草をした。
今となっては、15人とそれプラスのメンバーの中でもっとも冷静で、知的な義男に頼る以外は、もはや成す術もないのだ。
なので、哲史も幸子も真剣な面持ちで義男の次の発言を待ち構えていた。
「それは、つまりね、想像を絶する恐ろしい呪いの力がユミコ君に備わっていると言う事なのだよ、だからその呪いに打ち勝つには生半端な考えでは無理だと言う事なのだよ」
「じゃあ、一体、どうすりゃあ、いいんだ!このままじゃ俺たちみんなユミコの呪いにヤラレチマウゼ!」
義男は、突然そのような艶っぽい仕草で迫ってきた幸子に対して男として、内心、グラッと着たのは否めなかった。
なので、この時ほど、自分に肉体がないことを悔やんだ瞬間もなかった。
義男は思わず幸子のことを、とても愛おしく感じ抱きしめたいという衝動に駆られたのだ。
「幸子君・・・・」
義男の半透明の上半身が、ゆっくりと静かに幸子の方へと忍び寄って行ったのだった。
だからといって義男は、もはや肉体のない身だったので、実際に幸子に触れることはできなかったが。
義男の半透明の唇が幸子の唇スレスレに近づいた時だった。
突然、幸子の自室のドアの扉(ドア)をバンバンと激しく叩く音が鳴り響いたのだ。
‘いったい、何事だ’と義男が扉の方へ目をやると扉の向こうからイキナリ大声がした。
「おい!聞こえるか!!俺だ開けろよ!!!」
な、なんとそれはあのチョット不良っぽい男、哲史の声だった。
そして、さらに扉を叩く音は次第に勢いをまして激しく鳴り響いたのだった。
義男も幸子も突然のハプニングでさっきまでのいいムードも一気に吹き飛んでしまい、せっかく盛り上がった気分もぶち壊しにされてしまったのだ。
「今開けますから!!それ以上激しく叩くと扉が壊れます!!止めて下さい!!!」
本当に予期しないあまりにも突然のハプニングに幸子も気が動転したが何とかやっと言葉を発したのだった。
そう言えば、今日は夫は出張でいないが、その事を知っていたのかしら、またそれと同時にどうやって侵入したのかしらなどという考えが瞬間的に脳裏を駆け巡ったのだ。
思えば哲史とは伝言女性Aのパスポートを使ってハワイへ旅行をした仲だった。
勿論、そのパスポートを使ったのはアリバイを作るためだった。
何しろ幸子は歴とした人妻なのだったからアリバイを作るのは当然のことだろう。
しかし、問題はその手段だろう。
いくらアリバイが欲しかったからといって、何も自分にあれほど奢ってくれたりよくしてくれた相手の女性のパスポートを使うことはなかろうに。
「開けましたよ!」
つまり、もう一度分かり易く言うならば、いうなれば、義男も出会い系などで幸子に出会い、2,3度奢らされて捨てられた口だったのだ。
その後は、いつも留守電で二度と連絡が取れることはなかったのだ。
そして、再び巡り合った今日この時ででさえも幸子は義男を思い出すことはなかったのだ。
確かに半透明の上半身姿で、見間違えるような不可思議な奇態で現れたのだからそれは無理もなかろう。
義男が幸子を覚えていたのは、2,3度しか会わなかったが、図書券を毎回買わされ、これまた例のごとく厖大な量の酒類を奢らされ、2度目のデートの時には高価なブランドのお洒落着までプレゼントさせられていたのだった。
そのお洒落着は初めて出会った時におねだりされた物だった。
確かブランド名はインゲボルグだった。
何から何までが懐かしくまるで昨日のことのように思い出されるのだ。
最後にあった日に貸した、FBIの連続殺人犯の深層心理学の本はとうとう戻ってこなかったが。
そうだ、幸子は小説家になるのが夢だったから、本が大好きだったのだ。
話を元に戻そう。
幸子は怯えながらも、いつのまにか頼もしくてまるで救世主のような義男のことを慕うように
なっていた。
星の王子様のようなチャーミングな笑顔にもドキドキとトキメイテイタ。
少しも思い出せはしなかったがスッカリ義男という男に好感を持ち、半透明の上半身姿だと言うことに対してもなんら不審な気持ちを持たなかった。
義男がまた幸子に語りかけた。
「君が覚えていなくてもね、君に騙されたと言う沢山の男性の噂話を僕はこの耳で聞いてしまったのだよ、だからね、それが一人や二人ではないのでね、君の言うことだけ信じる訳にもいかなくなっているのだよ」
そう言われると幸子はキッとし表情で義男に向き直り、
「では、私(わたくし)にいったいどうしろというのですか?」
「それでは、君は自分の罪を認めるのだね、そういうことだと受け取っていいのだね」
義男にそう答えると幸子は腰まで伸びた長い髪を手串で掻き揚げ、翻しながら艶っぽいポーズでこう答えたのだ。
「私(わたくし)にはまったく記憶がないことなので、もっとキチンと説明をして頂けませんか?でなければ、何も認めることはできません」
実は、義男は人事のように幸子に対して意見を述べているが、過去に幸子に出会った記憶があった。
確かにうろ覚えではあるが、幸子と高級ラウンジバーでワインを楽しんだ記憶があるのだった。
それは白い粉雪が舞い飛ぶ寒い季節のことだった。
その時の二人は、まるで、いいムードの恋人同士のように意気投合していたのだった。
ワインを楽しんだ後は、都内の有名なおかまのダンスショーの店に行き、おかまのダンスショーを観たこともハッキリと記憶に残っていた。
その店は代金は先払いだった、勿論、義男が支払っていた。
おかまのダンスショーの店で幸子が、ステージでおかまダンサーが“ざんすざんすそうざんす”といいながらオチャラケていたのをそのまま真似して
『ざんすざんす、そうざんす』と楽しそうにハシャイデイた姿が今でも脳裏に彷彿として甦るのだ。
ショーが終わると帰りは義男がタクシーで幸子の家の近所まで送っていったのだった。
その時、タクシー代は勿論のことその日のデートの前に頼まれていて事前に用意していた図書券も幸子に渡したのだった。
それなのに幸子は少しもその事を思い出す様子もなく自分の悩みのことで頭がイッパイなのだ。
見返りを求めるつもりはないが、せめて、二人が出会った事くらい覚えていて欲しかったのだ。
幸子が自分の存在を覚えていないことがハッキリ言ってとてもショックだった。
まあ、とうに幸子がそんな女だと言う事は他の仲間達からも噂を沢山聞かされ判ってはいたのだが。
それでも、そのような冷たいそ知らぬ振りを目の前でマザマザと見せ付けられるとやはりショックだった。
幸子という女が婚前そして結婚後も男を誑かし、欺き、利用の限りを尽くしてきたことは弁舌にはし難いが。
ただこのままただ黙って、引っ込むのもとても癪に障るのもまた事実であった。
しかし、すべてそういう悔しさや惨めさに関する復讐計画はあの15人の仲間とそれプラスの陰謀集団で着々と進行しているのだ。
なので、義男は今、何も悩むことはないのだ。
このまま計画通り着実に一歩づつ、ある一人の詐欺常習犯罪者に対する復讐計画に基づいて歩んで行けばよいのだから。