「本当にもう、あなたったらぁ、人の話をちっとも聞いていないのねぇ、もっとまともな人かと思ったのに本当にがっかりしたわぁ・・・私は、あなたには残念だけど失望してしまったわ」
「私(わたくし)のせいで失望?!それって、ひどいじゃないですか?私がいったい何をしたというのでしょうか?」
この“お洒落なBAR”の部屋の中全体に激しいビートのような心臓の鼓動にも似た旋律が一瞬駆け巡ったのはいうまでもなかった。
その上、幸子とユミコの視線の間にはレーザービームの光線に似た火花がバチバチと飛び散っていたのだ。
それは実際に目に見える訳ではなくこの部屋の来客全員の脳裏に陽炎や幻想のように浮かび上がっていた。
米田も、身の内から湧き上がる興味を抑えきることが出来ず、一心にそば耳を立てながら、この二人の悪女の会話に聞き入っていたのだった。
そして、会話が続く中、突如、ユミコが声を荒げて確かにこういったのだ。
「私、知っているのよぉ、あなたのことを信じている人の大事なものや大切な人をあなたが平気な顔で当然のように拝借しているのを、・・・聞いたのよぉ・・きっと私の物だって・・、私はあなたには騙されないわよぉ!騙されるものですか!」
「私、そんな酷い事してません!記憶にありません!!」
「まあぁ、白を切るのね!盗人猛々しいとは、あなたの事をいうんだわ、いいわ!とぼけるならこっちにも考えがあるわ」
悪女同士とは、このように仲良く語り合うかと思えば、突然、右と左に別れ、罵倒を繰り広げるものなのだろうか?
或いは、このバーチャルの無限に広がる桃源郷がこの日本国における指折りの悪女の怪しく哀しい性を呼び覚まさせたのか?
悪女にも色々あるが、その中でも幸子ほど印象深く感慨深い女もいないだろう。
その厳選された悪女の代表株とも思える幸子に対して幽体離脱と念力のパワーで挑むユミコの果敢な姿は正に表彰されるべきものではなかろうか?
「出て行って下さい!!ここは私の部屋です!!不愉快な方は即、退出願います!!!」
あらん限りの声を振り絞って幸子がそういったが、もちろんここはバーチャル空間なのでその声は耳では確認できなかったが。
あくまで大文字太文字のふきだしの文字の表現から感じ取れるものだった。
米田は、ずっとさっきから二人の会話を聞きながら、なんだかやばい雲行きだなぁと不安に駆られ、これから先のことを思い気を揉んでいたのだ。
そうではあったが、ライラはライラなりに必死に二人の会話に付いていこうと努力はしていたのだった。
ライラが会話から取り残されがちで暇だったので、この“お洒落なBAR”のルーム内の部屋の隅にあるコーヒーマシーンからしきりにコーヒーのおかわりを頂いたのは言うまでもなかった。
ライラがコーヒーを2,3杯飲んだ後もまだ二人の会話は続いていたのだ。
そして周りにいた他の来客達も有名な悪女二人とオマケの様に傍にいるライラの奇妙な関係に敬遠をしながらも次第に興味を持つようになっていた。
そしてその来客達の中には、なんとあの義男の魔術によって急性神経性急性胃炎になった米田もいたのだった。
実は米田はこの時点でもまだ胃の調子が悪く、リアルでは常に急性神経性胃炎の漢方薬を飲んでいたのだ。
米田が急性神経性胃炎になった原因は義男の魔術によって急に体調に異常をきたしたのとなにやら不気味な幻聴や幻覚を聴くようになったためであった。
それは、若い女性のような声であった。
同時に目の前がチカチカ光ったり、幻覚のようなものを見たりしたので、ショックのあまり胃炎は慢性になりつつあるのだった。
米田はこの“お洒落なBAR”のオーナーの女のアバターが幸子であることは、とっくのとうに気づいていたが、その事は一言も口にはしなかった。
そしてライラがパスポートをプロに依頼して盗み取った相手の伝言女性Aであることも気づいていたがもちろんその事も知らないフリをしていたのだ。
相手が誰だか気づいていても決してその事を悟られてはいけないと義男から強く釘をさされていたのだ。
その理由が納得いかなかろうが、今の米田の状態だととてもではないが義男に逆らうのは不可能だったから。
どうせ意見しても、義男がまたあの不可思議なオゾマシイ魔術で米田を攻撃するに決まっているからだ。
ところで、幸子とユミコの会話はまだ続いていた。
「だからねぇ、私がいいたいのは、そうじゃないのよぉ!あなたもわかっているようでちっともわかっていないわぁ・・・」
「それはどういう意味でしょうか?」
「自分では気づいていないうちにいつのまにか相手の人生や何もかもを滅茶苦茶にしてしまっているって事、本当にあるのよぉ!嘘じゃないわぁ・・」
「それは、いったい誰のことでしょうか?」
その部屋に入ると幸子が扮するアバターがオーナー兼ママをしていたのだ。
シルバーに光る枠のコーナーの中で幸子は高らかに陽気にペチャクチャ来客達と談笑していたのだ。
幸子は水色のお洒落なドレスを着ていて、とても優雅に見えた。
まあ、この部屋にいるものは皆、お人形のアバターで動いていたので、他の者達と顔は殆ど同じだったが。
ユミコの薄紫色のこれまたお洒落なドレスを着たアバターが幸子のアバターに向かって部屋の入り口からズンズンと真っ直ぐに向かっていった。
幸子のアバターの前に行くと、ユミコのアバターはピタリと止まり、幸子の方へ振り向くといきなり
「はじめまして、私ユミコよ、よろしくね、隣にいるのが今日知り合ったばかりのライラよ可愛い子でしょ、うふふふw」
と自己紹介をはじめたのだった。
幸子もそれに対して
「おほほほほほほほっ、まあ、二人ともとても感じのいい子達だわ、こちらこそよろしくね」
と応戦したのだった。
しかし、その時、二人の目線の間に微かな火花が散っていたのを周りの者達が気づけたかどうかは謎だが。
確かに二人が揃うと何かこの部屋全体に緊張感にも似た物が漂うのは確かだった。
女王蜂二人の傍にオマケの様にくっついている将棋で言うと歩兵のようなライラの存在が何かとてもこの場にミスマッチな感じで妙だった。
この時、ライラの自室にパソコンは一台しかなかったので、ユミコの方のアバターの動作は全て念力で動かされていたのだから驚かされる。
もちろんそれはユミコの念力だった。
ユミコは最初の出会い時からそうだったが、幽体離脱とか何かそういう特殊な能力に恵まれいるのは確かだろう。
気づけば幸子とユミコとライラはいつの間にかシルバーのバーデスク越しに和気藹々と会話を楽しんでいた。
「だからねぇ、私は、いつもそう思うのよぉ、男って本当に勝手よねぇ・・・」
「まあ、酷い目に会ってきたんですねぇ、私は(わたくしは)人生はいつもそれなりでした」
二人の話はいつまでも途切れることなく続き、中々会話についていけずポツネンとするライラがチョッピリ哀れでとても浮いて見えたのだった。
その状態はまさに無様と言ってもいいくらいだった。
バーチャルの桃源郷の扉を開けると、まず黒い画面が視界に広がり、その後数秒画面が固まった後、新たに広大に開けた無次元空間が現れた。
今、ここからまさに新しい世界が始まろうとしていた。
バーチャル専用のナビゲーターのメニューをクリックして中に入って行くと沢山のアバターたちが蠢いていたのだ。
「幸子を探すのよ!」
謎の美少女の声が頭の中でまた聞こえた。
今、まさに姿無きこの謎の美少女とライラは一心同体だった。
幸子は何か答えようと思ったが、その前にまず、今後呼びづらいので名前を聞いておこうと思った。
それで尋ねたのだった。
「あの、呼びづらいのであなたの名前を聞かせて下さい!!」
謎の美少女は恐らくニコッと笑ってこう答えたのだ。
「私の名前はユミコよ」
大変わかりやすい名前だったのだ。
ライラは、ホッとしてまず自分のアバターを決め、それから“ユミコ”にも、どのアバターにするのか促した。
するとユミコは、可愛い縦ロールのブラウンの巻き髪で薄紫のドレスを着た女の子アバターを選んだのだった。
これで、ここでの役割は決まったようなものだった。
ユミコは、このバーチャル空間の中でも指折りのお姫様候補になるのは、まず間違いなかった。
「幸子ならいつも自分専用の部屋を大人部屋のほうに出していますよ!」
まるで有能な情報部員のようにライラが報告をするとユミコは大変満足げに
「幸子なんかにこの空間を仕切らせてたまるものですか?!」
と息巻いたのだった。
「この部屋です!」
ライラが指差した部屋はこの空間の大人部屋コーナーにある“お洒落なBAR”と言うタイトルの部屋だった。
体が突然重くなり、ライラは不安と恐怖の為に一瞬、気が遠くなりそうになった。
そして、また消えた筈の謎の侵入者の声が聞こえてきたのだ。
今度は、自分の頭の中から、その声が聞こえてきたのだ。
「さぁ、何をグズグズしているの?行きましょうよ!!」
「何って、あなた、消えた体はどうなったんですか?」
「体は面倒だから最初から部屋に置いてきたわ、幽体離脱したのよ!そんな事はどうでもいいわ!さあ、早く行きましょう!」
「行くって、どこへですか?!」
「やぁねぇ、もう忘れたの?あなたがさっき行こうとしていた所よ」
さっき行こうとしていた所と言えば、それは、あの例のバーチャル空間の事になる、しかし何故、この謎の美少女はそこへ行きたがるのだろうか?
まるで黛で描いたような美しいアーチ型の眉毛、パッチリと見開いたアーモンド形のつぶらな瞳と紅を注したようにキリッと結んだ小さい血の色をした赤い唇、そして、抜けるような鼻先に優美な卵形の顔立ちは、そのどれをとってもひとつの眩いほどの芸術作品だった。
異性だけでなく同性がみてもボォ~~っとするほどの恐ろしい美貌だった。
そして、その美貌の武器を盾に出会う者達すべてを一瞬のうちに虜にして奴隷にしてしまう魔力を秘めていたのだ。
ライラも例外ではなかった、気づけば、いつのまにか、いいなりになって、バーチャル空間の扉を開こうとしていたのだ。
「あなたは、どうして“あそこ”へ行きたいのですか?」
「それは行けばわかるわ、でも一言で言うならば、幸子を潰す為だわ!」
「それは、何故ですか?何か恨みでもあるんですか?」
謎の美少女は、その時、この世のものとは思えないほどの絶世の笑みを浮かべ、こう答えたのだ。―無論、頭の中の事なのでその顔はみえないが―
「そうよ!あなたよくわかってくれたわ、そうなのよ、私、幸子には恨みがあるのよ!」
ライラは、バーチャル空間のログイン画面を開くと、さっそうと画面の中に突入したのだった。
そして、また頭の中から謎の美少女の声が聞こえてきたのだ。
「幸子は、あの娘は、私の人間関係を滅茶苦茶にしてくれたわ!そのお礼がしたいのよ!」