幸子はライラの話を嘘とは思わなかったが、少し大げさではないかとも思ったのだった。
確かに話には尾ひれがつくものであるし、そうかもしれないが。
ライラは例のバーチャル空間内で幸子と楽しげに談笑の最中にも常に周囲を気にしてビクビクしている感じだった。
リアルでも盗聴や尾行や行動観察などの嫌がらせに始終苦しめられていたが、その為にバーチャルの中でも常に誰かに監視されているような感じが抜け切れなかった為だった。
二人の話が盛り上がり、幸子が
「おほほほほほ、あなた、おもしろいわ、本当に楽しい人ですね」
とライラを持ち上げた時だった。
急にライラが
「あっ!、なんだか苦しい・・・うぅっ」
と言ったのだった。
幸子は思わず
「まあ、どうしたんですか?苦しいのかしら、大丈夫ですか!?」
と心配したが、ライラは、
「もう駄目、今日は落ちます・・・><」
と絵文字混じりにバーチャルの吹き出し内に文字を打ってきたのだった。
あっ!、と思った時にはもうライラは落ちてしまっていた。
その時、後ろからタイミングよく声をかけて来たアバターがいた、それは、なんとあの哲史だった。―無論、哲史の使用しているアバターの名前は別の名前だったが、幸子の方もそうだった、だがここではわかりやすくこうしておく―
「よう、お前も気をつけろよ!」
「何をですか?」
幸子が驚いたようにそう言うと
「俺もよう、知り合いの義男が亡くなってから原因不明の高熱がでて、ずっと寝込んでいたが、一週間たった今もまだ微熱が続いているんだぜぇ、米田もついこの間、急性神経性胃炎になったっていっているし、きっと、何かの祟りだぜ!さっきの女もたぶん、・・・だから、お前も気をつけろよな」
「この私(わたくし)に対してそんな口の利き方をしていいとおもっているのかしら?それに私の周りには、賢い人がいっぱいいるから、あんたのそんなくだらない話になんか誰も騙されませんよ!」
―ここは例のバーチャル空間の中だ―
幸子が、アバターを使ってこの無次元の桃源郷の中で仲間とお喋りしながら戯れていた。
その仲間はこの空間の中で他の男性だと思われるアバターのキャラクターから紹介された友達だった。
しかし、幸子の方はまったく気づいていなかったが、実はその紹介された友達は、リアルでも知っている相手だったのだ。
な、なんと今、例のバーチャル空間で楽しそうにテーブルを囲んで向き合ってお茶をしながらお喋りをしている相手はあの伝言女性Aだったのだ。
だが、幸子はその事をまったく気づいていなかったし、知らされてもいなかった。
ただ、あの15人とそれプラスの仲間達は、何もかも知っていたのだ。
知っていながら、陰謀計画の為に引き合わせたと言うのが真実だった。
その頃には幸子も度重なるリアルでの陰謀集団の嫌がらせにより重度の鬱になっており、繰り返し訪れる躁鬱の波に打ちひしがれながら、恐怖心のあまり対人恐怖症になっていたのだ。
なので、もっぱら、暇さえあれば例のバーチャル空間に入り浸っていたのだ。
嫌がらせの内容は前にもお話したが、待ち伏せ、尾行、盗聴、メールハッキングなどだ。
怖くて友達同士のメールもできなくなり、メッセンジャーでさえもログを取られているような恐怖感に襲われ、例のバーチャル空間が唯一の憩いの場所になってしまったのだ。
実はこの伝言女性Aとは、陰謀集団の度重なる嫌がらせ攻撃の末、そのせいで、鬱になり会うことが不可能になり、幸子の方から交際を断っていたのだった。
ただ、その時幸子は陰謀集団のせいだという事は一言も伝言女性Aに告げなかったのだ。
平和主義で、お気楽、気楽の日和見主義の幸子にとって、やっかいな問題が次々頻発すると、それだけでもうこの人とは縁がないと見限ってしまう所があったのだ。
また、用心深い幸子は、相手の事を気遣うのと自分の保身の為に、自分から断ったのに相手から断られたとネット内の日記サイトに毎日のように書き綴っていのだから頭が下がる思いだ。
しかし、その善意から行った行動が後々大きな誤解と不幸を巻き起こすとは幸子はこの時少しも考えが及ばなかったのだった。
気づけばもう一時間以上もバーチャルの中で伝言女性Aと気づかずにそのアバターをお喋りをしていたのだ。
そのアバターの名前は、ライラだった。
ライラの話は驚くべき内容だった。
「そうなのよぉ、家も盗聴されたことあってね、彼氏が遊びに来た時の声を録音されて電話に出た時流された時は驚いたわ、あの時の声を流すのだけはやめて!!って思ったわ」
「戻ろうと思えば、戻れるかもしれない、でも僕には戻る気はもうないのだよ」
「それは何故!」
米田は、激しく感情をぶつける様に義男に食い下がった。
気づけば、いつの間にか手のひらを強く結んで拳を作っていた。
そして、その拳をブルブルと震わせていたのだ。
「僕は、“愛しい者”に会えた、もう何も現世に思い残すことはないのだよ、もちろん、ありとあらゆる術を心得ているから、その気になれば肉体も蘇生出来ると思うよ、だけどもうそのつもりは僕にはないのだよ」
「“愛しい者”ってそんなに大事なものかい?それに、いったいそいつは誰なんだい?!」
米田が繭と顔をしかめてそう問いかけると義男は何も悪びれる事もなくまたこう続けたのだ。
「誰かって?教えてあげよう!さあ、僕の“愛しい者”よ彼の下へお行き!!」
そういって半透明人間のような義男の上半身の右手がさぁ~~っと米田を指差すとその途端、なんと米田が身を捻らしてもがき出したではないか。
「うぅっ、うっ、苦しい・・・!なんだこれは、息が詰まりそうだし、頭が割れるように痛い」
突然、全身を貫くような激痛を受け、苦しそうに米田が自室でのたうち回って喚くと、
「それは、可愛そうに、でも君は誰だか知りたいとさっきいったじゃないか、なら絶えなければ駄目だよ」
と冷たく吐き捨てるように義男が薄笑みを浮かべながら、言い放ったのだ。
義男はもうすぐ分かるさと言いたげに米田の全身を走る激痛の苦しみをよそに涼しい顔だったのだ。
「苦しい、俺は死ぬのか?おい義男教えろ!?」
激痛に耐えながら米田が、義男に問いかけると冷たい表情で義男はこう言った。
「残念ながら、それは僕にも分からない、」
「な、なんだと、無責任な!」
苦しそうに喘ぎながら米田が喚くと
「何故なら、それは愛しい者が決めることだからだよ」
米田は思わずたじろいだ。
それはそうだ。
死んだはずの人間の声が急に聞こえてきたのだ、誰だってビックリする。
たじろいだ勢いで自室の自分の机から後ろに体が倒れ、腰掛けていた椅子もろとも転げ落ちてしまったのだ。
やっと起き上がり、まだ興奮が冷めやらない面持ちで首を大きくブルブルと振るとまるで振り子人形のような有様だった。
しかし、驚くべき現象はそれだけでは、終わらなかったのだ。
「ごめんよ!驚かせてしまったんだね」
またしても義男の声だった。
「ひぇ~!た、助けてくれぇ~~!!」
真面目に真剣に米田はそう思ったのだった。
気づけば自室で手をバタバタさせ、大声で叫んでいた。
「なら、これでどうだい」
また、義男の声がすると今度は目の前に透き通った義男の上半身姿が浮かび上がったのだ。
すると怖がってはいたが、その姿をみて少し落ち着いたのか、米田はやっとまともに口を利いたのだ。
「義男!どうしたんだよ、その姿は」
すると透き通った体の義男はニコッと微笑んで
「やっと、普通に戻ってくれたんだね、嬉しいよ、実は僕は“愛しい者”を得るのと引き換えに自分の肉体を滅ぼしたのだよ」
それは驚くべき発言だった。
義男は、自分の肉体を滅ぼしてまで、その“愛しい者”とやらを手に入れたかったのか?
考えれば考えるほど空恐ろしい話だった。
「義男、お前もう元の体には戻れないのかい?」
例のバーチャル空間内では口さがない噂も次々流れ出した。
「あいつさ、死体が発見された時は、体の一部分が腐ってたらしいぜ!」
「白目剥いてたってなぁ」
「殴られた痕があったらしいぜぇ」
「じゃ、他殺か?自殺だって俺は聞いたぜ」
「部屋の鍵は二重に内側からかかってったなぁ、不気味だよな」
などなど、どこからどう情報が入ったのか、バーチャル空間の中の仲間内ではその話題で持ち切りだったのだ。
哲史はスッカリいつもの元気はどこへやらで閉口していた。
その上、急に熱が出て寝込んでしまったのだ。
そして、仲間の一人の泣き虫米田は、ただただ、口も利けずにリアルで一人大粒の涙をポロポロと流していたのだ。
ただ、その姿はバーチャルでは分からなかった。
いつものトナカイのアバターでポツネンと一人、マイルームに引き篭もっていた。
もう、あの気のいい義男に会える事は二度とないんだと思うだけでも悲しくて泣けて
きたのだ。
米田は元来、泣き虫な男だった。
バーチャルのマイルームの中ではコーヒーを飲んでいたが、リアルの自室では緑茶を飲みながら噎び泣いていたのだ。
どれくらい時間がたったろうか、ふと我に返り時計を見ると時刻は既に夜の11時を回っていた。
義男の突然の死亡によるショックで自失呆然としている状態の米田の脳裏に突然ピピッと感じる何かがあった。
それは何か弱い電気のような感じにも似ていた。
なので少し頭の中が痺れる感覚を受けた。
その時だ、米田の頭の中で何か囁くような声が聞こえたのだ。
「元気かい、僕だよ」
その声は、なんと、あの死んだはずの義男の声だった。