義男が来ないのは無理もなかった。
何故なら、あの倒れた時以来、二度と起き上がることがなかったのだから。
つまり、義男はあの時点で天に召されたのだった。
昇天したのだ。
ところで仲間たちは義男が来ない事を気にもせずバーチャルの無限の桃源郷の中を楽しげに遊行していたのだ。
その楽しさは、いつまでも、それは終わることなく繰り返し押し寄せてくる快楽の波にも似ていた。
そろそろ疲れてきたなと思えば、ロムする者もいれば、そのまま寝落ちしたり、スッパリ、ログアウトして現実世界に帰る者たちもいた。
なのでお開きの時間は自由解散だった。
義男の不幸が発覚したのは、それから一週間ほど経ってからだ。
義男が天に召されたあくる日に皆が約束の時刻に例のバーチャル空間で義男の事を待ったが来なかった日から数えてちょうど一週間だと思う。
怪しいオカルトをしていた自室で義男が発見された時、義男は暗がりではよく見えなかったが、上下黒のスーツにワイレッドのお洒落なカラーシャツを着ていた。
利き手の右手を頭上に放り出したままの姿で仰け反る様に横向きに倒れていたのだ。
放り出された右手の先、ちょうど1.5メートルくらい先にはオカルトの最中、義男が握り締めていた大きな太い赤い蝋燭が転がり落ちていた。
蝋燭の周りやその周辺には溶けた蝋の雫が飛び散っていた。
その雫は義男の口元の右側にも大きなほくろのようにへばり付いていた。
それは、まるで死化粧のようだった。
血の気の引いた蒼ざめた顔は死後硬直を経たせいか強張って見えた。
そして、不幸の知らせはすぐに仲間たちにも知れ渡ったのだ。
皆、一瞬、息を呑んだ。
誰もが信じられないという様子だった。
あれほど、これからの計画に熱心だった義男がいなくなったら自分たちはこれからどう動けばいいのか。
みな突然の悲報に途方に暮れたのだ。
だが、泣いても笑っても、もう二度と義男と会うことはないのだ。
例のバーチャル空間にまた、15人の仲間とそれプラスのメンバーが集まっていた。
ただ、一人だけ姿が見当たらなかったが。
そう、それは深夜に自室で怪しいオカルトをしていた義男だった。
もちろん、義男が自室でオカルトをしてその挙句の果てに一人部屋で自分の魔法の呪文で湧き上がった旋風の光に直撃を喰らい倒れてしまったことは誰も知らなかったのだ。
最初のうちはそのうち放って置いても来るさという感じで誰も気にも留めていなかった。
だが、時間が経つにつれ、段々に義男がいないことを不思議がる物が現れだした。
何しろ今では仲間の中ではもっとも頼りがいがある気の置ける人物となっていたからだった。
「まだ、来ないなんて珍しいね。」
という者もいれば、
「あいつが自分で決めたのにな今日集まろうって」
と不審がる声さえ聞こえだしてきた。
哲史だけが
「大丈夫だ、あいつは絶対に来る、約束を破るやつじゃないぜぇ、なっ、そうだろう」
と少しも動じることなく待つ姿勢だった。
「そうだな、きっと何かあって遅れてるだけだな」
これまた信頼の置ける哲史が“絶対に大丈夫だ”と言うのだから皆その言葉を信じて待つしかなかったのだ。
それぞれの仲間達が例のバーチャル空間の中で寛ぎながら自分専用の部屋の中でイラストのソファなどに腰掛けながら談笑に耽りだした。
義男を待つ間、気を紛らす為だ。
部屋の中でイラストのコーヒーや紅茶も頂いたりした。
そうして、何時間か経ったが一向に義男がくる気配はなかったのだ。
義男にいったい何があったというのだろう。
誰もそれを知る由もなかった。
その時、既に時刻は深夜過ぎだったが、深夜3時ピッタリになると義男は魔法円の上に立ちはだかったまま、呪文のような物を唱えだしたのだ。
それは文字に表すと次のような物だった。
「ダーチェ、ベッチエ、ジュテートゥ、バーガラ、ラムチャプ、ウベラ、マルラァー、ベネッサ・・・・・」
どの呪文もどこでも聞いたことのない、摩訶不思議な言葉だった。
暫く、呪文は続いた、ちょうど3時5分になった頃だろうか?
と、突然、部屋の四隅から、小さな渦巻きのような光が湧き上がったのだ。
それは、紫色と桃色の光の旋風だった。
2色の旋風が部屋中を吹き荒れたのだった。
ただ、魔法円の中だけはどうしても入っては来れなかったが。
どうやらこの魔法円という物は、魔物の進入を防ぐバリヤーの役割があるらしい。
言い忘れたが粘土の人形の色も蝋燭と同じ赤だった。
正確に言えば真紅色だった。
旋風は最初は四隅から1体づつ沸き起こりその後すぐ部屋の中で融合し、いつの間にか紫と桃色の2体になっていた。
そして、3時15分にちょうどなった時だ、義男が大声で叫んだのだ!!
「出でよ!愛しい者達よ!」
すると紫と桃色の2体の旋風は激しく揺れ動きざわめき、溶け合い混ざり合い、美しい一つのハーモニーのように一体化したのだった。
その直後部屋中が、一瞬、稲妻に打たれたようにピカッと光り、その光が義男を直撃した為に義男の体が真っ白に光ったのだった。
それはまるで雷に打たれた状態だと言えばわかるだろうか?
義男の体がブルッと震えるように波打つとそのまま、バタンと魔法円の上から倒れたのだった。
一度だけ、ピクンッと体が動いたが、それきりピクリと動かなくなってしまったのだ。
蝋燭は運よく先ほどの旋風の勢いで炎で解けた蝋もろとも飛び散り、炎は消えていた。
なので、暫く、このまま義男が眠っていたとしても部屋が燃えてしまう心配はなかった。
そして、頬ずりした物を右手で強く握り締めた蝋燭の炎の灯りで煌々と照らし出したのだ。
するとその義男の“愛しい者”は、薄オレンジ色に輝きながら、くっきりと見事に姿を現したのだった。
それは、この間、例のバーチャル空間内で義男が仲間の前で話していた自分が粘土で捏ねて作った人形だった。
よくみると、それは女のようだった。
何故なら、お尻の辺りが割りと大きく女性特有の三角形の体型だったからだ。
頭部には、髪の毛らしい細工も見受けられ、肩くらいまでの長さで真ん中分けでおかっぱのように見える。
さらに、よくみると人形の胴や腰部分に何やら文字のようなものがナイフのような鋭利な物で刻まれているのが分かった。
目を凝らしてみるとすぐ分かる文字だ。
その文字は“M”という文字と“O”という文字がくっつけて刻まれていた。
これらの状況だけ描いても驚くべき状況なのだが、さらに愕然とすることは、義男の足元に蝋燭の炎の灯りによって魔法円が映し出されていたことだった。
つまり、こういうことだろう、義男は紛れもなくオカルティストだということだ。
わかりやすく言えば、オカルト愛好者とでもいうべきだろうか?
突然その時、また、義男が何か呟いた。
「あぁ、そろそろ喉が渇いたろう」
そう呟くとさらに自分の机の上を手でまさぐり、また、ある何かを持ち出したのだ。
その“ある何か”とは、小さ目の長方形の紙パックのようなものだった。
それにはストローらしきものも刺してあった、ということは、飲み物であるのは間違いあるまい。
次の瞬間、義男が取った行動はまさに恐るべき行動だった。
なんと、徐に、手に取った紙パックをギュッとつぶすように握り締めると、ストロー部分を人形に差し向け紙パックの中の液体を少量、注いだのだった。
すると、人形の文字が刻まれている胴から腰にかけての部分がが白い液体でベトベトになったのだった。
蝋燭の灯りの下、紙パックから浮かび上がった文字は確かに“ミルミル”と言う太文字のカタカナだった。
早速、これから事の準備に取り掛かろうと言う事になり、15人とそれプラスのメンバーは、それぞれが自分の得意と思われる分野に取り組んだのだった。
例えば、監視役や尾行役、そして、出会い系のやらせの客として実際に一人ひとりの女性と会ってみて、状態を探ったりとだった。
それから、もちろん、引き合わせるためにタレントグッズの高価な買い物をした顧客の行動を調べることも怠らなかったのだ。
そして、月日は流れていった。
蟻地獄
―ここは義男のリアルの部屋だ―
義男が自室に篭って部屋の電気を消し、真っ暗の部屋の中でポツネンとしていた。
しかし、正確に言えばただ立ちすくんでいた訳ではなかった。
その手には、蝋燭を握り締めていた。
大きな太い赤い蝋燭だ。
その蝋燭を握り締めたまま、義男は自室の中央で大きく深呼吸をしたのだった。
とても深い、大きな溜息を伴った深呼吸だった。
暫くすると、部屋の真ん中辺りから、ボォ~~ッと明かりが発せられたのだ。
それは義男が握り締めた蝋燭の明かりだった。
おそらく、義男が蝋燭を握っていないほうの手で持っていたライターで火を付けたのだろう。
義男が蝋燭を握り締めていたのは右手で利き手だった。
左手で蝋燭に火を付けると、義男の顔がボォ~~ッと薄暗がりの中でオレンジ色に煌々と照らし出されたのだった。
蝋燭の明かりを頼りに自分の机の引き出しを一つ引き出すと、その中からある物を愛おしそうに取り上げたのだった。
そして、取り出した物に対してすぐさま、何も迷うことなく義男は頬ずりをしたのだった。
右手できつく握り締めた蝋燭の炎が大きく揺らめいた時だった。
義男が何か呟いた。
「あぁ、僕の愛しい者よ」
消え入りそうなくらいか細い声だったが、机の引き出しから取り出した物に対して確かに義男はそう呟いたのだった。