堅苦しい一面、幸子のその英文の流麗な語り口は、その溢れ出る知性の息吹に嫉妬の炎を燃やすもの意外は、憧れにも似た感情をもっていた。
そしてまた、カラオケBOXで酒を呷っている間も常に頭の片隅には家庭のことがチラついてはいたのだった。
幸子もやはり、遊んではいても家庭のことは気になっていた。
それは主婦なら当然のことだろう。
幸子が常に頭に浮かぶのは、部屋に置いてきた日記の場所だった。
結構、思いつきで自由に色んなことを書きなぐっていたのでそれを一緒に住むものに見られるのは忍びがたかった。
自分の世界を踏み荒らされ壊されるのを異常に恐れていたのだ。
その他にも自分の大事にしている書籍類に断りもなく手をかけられるのも嫌だった。
幸子が普通の主婦とまったく違ったのは、一般の家庭の雑多なことにはまったく眼中になく、ただ自分だけの独創の世界や将来の夢につながる大事な部分にだけ常に神経を尖らせていたことだ。
殆ど気分は独身時代と変わっていなかった。
夫ですらきっと幸子にとってはただのルームメイトに毛が生えたものなのだろう。
毎週のように遊びに出かけているのもこれっぽっちの罪悪感もなかった。
その為に自分の家庭に支障をきたしている面はまったくないと幸子は言い切れると信念ともいえる強い意志をもっていた。
当たり前のことだが、自分のことを主婦失格者などただの一度も思ったことなどなかった。
今しかできない楽しみを今のうちに思いっきり楽しみたい。
常にそう想っていた。そして、そう行動していた。
そして、幸子はもし子供がいたとしてもそんな雰囲気すら一緒にいる相手にみせたことは一度もなかった。
家庭をまったく感じさせないオーラが幸子の全身から常に漂っていた。
子供がもしいたとしても周りから見ればよもや子供がいるなどと誰が想像できだろうか?
もしいたとしたならば、里子に出しているか実家に預けっぱなし状態しか考えられないと思う。
幸子というこの詐欺主婦は、情が濃いタイプにはどのように考えてもみえないのだ。
常に暇さえあれば街にパートナーを誘いお洒落をして繰り出していた。
その様はさながら自分のアジトをひた隠し遥々遠方の地まで彷徨い揺らめき風に舞い浮遊する漆黒色の雌の毒蜘蛛のようであった。