それからの状態はこうだった。
あのフッくんに似たおなべホストと幸子はしきりに楽しげにずっと話し込んでいた。
時には見詰め合ったり、小首を傾げて、頷きあったり、時にはBOXのソファに仰け反ったりしながら語り合い、大変いいムードであった。
客を楽しませるのはホストの仕事であるからそれは当然であろう。
しかし、肝心なことを履き違えていないだろうか?
ここの払いはどう考えても、涼だった。
幸子が払うということは絶対あり得ないのだ。
なのでもう少し自分のほうにも気を使うべきではないのか?
などと、涼は真剣に考えるようになってきた。
出来れば、おなべホストに対してそのことで抗議をしたいくらいであったが、せっかくの
楽しい雰囲気をぶち壊しにして幸子に嫌われてしまうのも怖かったのだ。
なので、結局、喉まで声がでかかったが、それは取りやめになったのだ。
しばらく声を失っていた、涼は一人無声音の自分だけの世界にまた入っていったのだ。
少し時間が経ってから、
「楽しそうっすねぇ」
やっと出た言葉が第一声それであった。
ああ、とやっと気づいたと言いたげに、おなべホストがニコニコと涼のほうに向き直った。
涼を無視して幸子と楽しそうにしたのを悪いと思ったのか、
「僕が奢るんで、好きなの何か飲んで下さいよ」
とおなべホストの方から申し出てきたのだ。
「それじゃオールド・パーを水割りで」
「はい、かしこまりました」
非常に丁寧な言葉遣いだった。
だが、だからといって少し不快になった気分がすぐ元に戻るわけもなかったが。
しかし、水割りを飲むうちに次第にまた我を忘れるようになり、すっかりほろ酔い気分になったのもまた否めなかった。
夜の魔物が心を蝕んでいく瞬間の一コマであった。