それはある日の夜の闇が迫る頃の時刻の都会の片隅にある、いつも数名の常連客がアジトとしてタムロしている小奇麗でモダンな小さなバーでのことであった。
幸子が酒を呷っていた。
浴びるように呷っていた。
厖大な量の酒をゴクゴクとまるでジュースやレモン水を飲むように飲み干していた。
その行為を誰も止めることはできなかった。
一度、飲みが始まると笊だった。
その瞬間、誰が彼女が主婦だと気づいただろうか?
それとも私が知っていた頃の幸子はまだ主婦ではなかったのか?
今となっては分からない。
その行為が終わるや否や、幸子はウィスキーのロックをバーテンに頼んでいた。
「いい加減、苦しくないっすか?そんなに飲んで?」
と、その時傍にいたパートナーが幸子に心配そうにそういった。
幸子とそのパートナーがいるバーは、薄暗く、青白いライトが光っていた。
なので、幸子の顔も青白く光ってみえたのでそのパートナーには幸子がグワイが悪いのではないかと心配になってしまったのだ。
「何かあったんすか?そんなになるまで飲むのは?」
また続けて傍にいたパートナーが幸子に問いかけた。
「あなたも人に何かを尋ねるときの話し方とか礼儀をお母さんから教わったほうがいいんじゃないかしら」
と背筋がゾッとするような冷ややかな薄笑いを浮かべながら幸子がパートナーに返答を返したのはそのすぐあとだった。
いつも幸子はそうだった。
自分に都合が悪い話や興味のない話、あるいは意に染まない話だとゾッとするような冷たい笑みを浮かべ相手を見下すかのような口ぶりで話をそらしてしまうのだった。
自分が認めるレベルに達しない質問だと思うと、相手の質問に対してまともに返答をすることはまずなかった。
そんな幸子の態度に冷たさを感じたり、面白みがない奴だと思い、途中で、その場から帰ってしまう者達も多かったことと思う。
バーに流れていた洒落たリズムのジャズも今はまったく耳に入らなかった。
ライトがピカピカと点滅して幸子の顔も点滅に合わせて白くなったり暗くなったりしていくのが目にチラついていた。
幸子が顎をゆっくりと引いて、顔をパートナーに向き直ってニンマリしだした。
「次はどこっすか?」
傍にいた今宵のお相手のパートナーはそれが場所を移動したいという合図だとすぐ気づいたのだった。
今回のパートナーはかなり粘り強く、幸子の白けた返答や態度にも己の理性で怒りを抑えどこまでもお付き合いをしようというご立派な態度だった。
「もちろんあそこです」
幸子がそういえばいく場所はもう決まっていたのだ。