「よう、義男!お前、さっき計画がうまくいくとか言ってたけどよぉ、俺にはとてもそんな風には思えないぜぇ、お前の思い過ごしじゃねぇか?」
哲史がせいいっぱい、照れくさそうに親しみを込めてそう義男に問いかけると
「平気だよ、最初の予定通り、幸子に旅行へ誘ってみな、きっとOKの返事をもらえるよ!」
とキッパリと言い切ったのだ。
その言い方は、あくまで絶対にうまく行くに決まっていると決め付けている言い方だったのだ。
哲史は、さっきの幸子の態度をみても、とてもうまく行くとは思えなかったが、信頼が置ける義男がそう言うのだから一応、その言葉を信用しようしてみようと思ったのだ。
「わかった、お前がそこまでキッパリ言い切るなら、今度、幸子を旅行に誘ってみるよ!」
「ただし、条件があるよ、バーチャルじゃなくてリアルで申し込むのだよ、そしてその時には、決してバーチャル空間の話はしてはいけないよ、それを守れば絶対にうまく行くと思うよ!」
「わかった、お前の言うとおりにするぜ!」
そうハッキリと義男と約束すると、その日はそろそろリアルでもやる事があると言う事で、二人はバイバイをしたのだった。
もちろん、またいつでも必要な時は、お互いにテレパシーで呼び合おうと言う事だった。
義男が言うには、テレパシー能力を自分の魔術で哲史にも授けて置いたので大丈夫だと言う事だった。
これで、いつでもこれから二人は好きな時に連絡を取れるようになったのだ。
哲史はその後、綿密に事前に義男と共に計画を練り、見事、外で偶然見かけた、―もちろん、待ち伏せをしたのだが―幸子に声をかけて喫茶店に連れ込み、そこで旅行の話をもちかけたらあっさりとOKの返事をもらえたのだからその手際よさには驚かされる。
義男の魔術の力ならその力は絶大だと言わなければならないだろう。
さらに、約束どおり決して例のバーチャル空間の話はしなかったのだ。
哲史は、話し方も意識して、いつもより少し丁寧にしたほどだった。
あっという間に旅行の日取りも決まり、哲史と幸子は一路、常夏の島、ハワイへ向かったのだった。
そして、幸子は旦那持ちだと言う事なので、アリバイを作るために、独身の伝言女性Aの携帯電話に二人で代わる代わる着信を小まめにいれたのは言うまでもなかった。
そして、何よりも一番驚かされたことは、伝言女性Aからプロ男を使って盗ませたパスポートを使って旅行をする事に対して幸子が何の躊躇いもみせなかったことだった。
幸子は、いつになくイライラしていたのだ。
それは、そうだ、常日頃から、リアルで陰謀集団から様々な嫌がらせを受け辟易としているところへ、さっきの哲史のような言いがかりを付けられれば誰だって気分を害してしまうのは当たり前だ。
哲史はその事に気づいたかどうかは謎だが、幸子の返答に対してすぐには言い返したりはしなかった。
だが、少し間を置いてからこう言ったのだった。
「お前、少しいい気になっているみたいだから、忠告しておいてやるよ、お前が何故、ここにいる羽目になっているか考えたことあるか?!気をつけないとこのままじゃずっとここから出れなくなるぜ!」
幸子はキッとなり
「大きなお世話です、あなたに何がわかるというのですか?!蹴りますよ!!」
と怒鳴ったのだった。
ここのバーチャル空間は親切なことに太文字に調整して怒鳴った感覚でチャットを楽しめるようにもなっていたのだ。
あっ、という間に哲史は幸子に蹴られてしまった。
蹴るとは分かりやすく説明すると部屋から追い出されることだ。
「あの女、話にならねぇなぁ、」
そう呟くと、突然、そのあと哲史は偏頭痛に襲われたのだった。
「うっ」
と思った時だ、懐かしい声が聞こえてきたのだ、それは義男の声だった。
「さっきのみてたよ、でも大丈夫だよ、計画はうまく行くよ」
「えっ!その声は義男じゃねぇか?お前、生き返ったのか?」
哲史がギョッとしてそう言い返すと、義男はまたあの半透明の上半身姿で哲史の前に姿を現したのだった。
「あぁ、というかね、僕は死んではいないのだよ、肉体だけが滅んだだけだよ」
「そうか」
哲史は少し驚いたものの、相変わらずの義男の諭すような落ち着いた話し振りに、突然の奇妙な再会に対する恐怖心も次第に消えていったのだった。
幸子はライラの話を嘘とは思わなかったが、少し大げさではないかとも思ったのだった。
確かに話には尾ひれがつくものであるし、そうかもしれないが。
ライラは例のバーチャル空間内で幸子と楽しげに談笑の最中にも常に周囲を気にしてビクビクしている感じだった。
リアルでも盗聴や尾行や行動観察などの嫌がらせに始終苦しめられていたが、その為にバーチャルの中でも常に誰かに監視されているような感じが抜け切れなかった為だった。
二人の話が盛り上がり、幸子が
「おほほほほほ、あなた、おもしろいわ、本当に楽しい人ですね」
とライラを持ち上げた時だった。
急にライラが
「あっ!、なんだか苦しい・・・うぅっ」
と言ったのだった。
幸子は思わず
「まあ、どうしたんですか?苦しいのかしら、大丈夫ですか!?」
と心配したが、ライラは、
「もう駄目、今日は落ちます・・・><」
と絵文字混じりにバーチャルの吹き出し内に文字を打ってきたのだった。
あっ!、と思った時にはもうライラは落ちてしまっていた。
その時、後ろからタイミングよく声をかけて来たアバターがいた、それは、なんとあの哲史だった。―無論、哲史の使用しているアバターの名前は別の名前だったが、幸子の方もそうだった、だがここではわかりやすくこうしておく―
「よう、お前も気をつけろよ!」
「何をですか?」
幸子が驚いたようにそう言うと
「俺もよう、知り合いの義男が亡くなってから原因不明の高熱がでて、ずっと寝込んでいたが、一週間たった今もまだ微熱が続いているんだぜぇ、米田もついこの間、急性神経性胃炎になったっていっているし、きっと、何かの祟りだぜ!さっきの女もたぶん、・・・だから、お前も気をつけろよな」
「この私(わたくし)に対してそんな口の利き方をしていいとおもっているのかしら?それに私の周りには、賢い人がいっぱいいるから、あんたのそんなくだらない話になんか誰も騙されませんよ!」
―ここは例のバーチャル空間の中だ―
幸子が、アバターを使ってこの無次元の桃源郷の中で仲間とお喋りしながら戯れていた。
その仲間はこの空間の中で他の男性だと思われるアバターのキャラクターから紹介された友達だった。
しかし、幸子の方はまったく気づいていなかったが、実はその紹介された友達は、リアルでも知っている相手だったのだ。
な、なんと今、例のバーチャル空間で楽しそうにテーブルを囲んで向き合ってお茶をしながらお喋りをしている相手はあの伝言女性Aだったのだ。
だが、幸子はその事をまったく気づいていなかったし、知らされてもいなかった。
ただ、あの15人とそれプラスの仲間達は、何もかも知っていたのだ。
知っていながら、陰謀計画の為に引き合わせたと言うのが真実だった。
その頃には幸子も度重なるリアルでの陰謀集団の嫌がらせにより重度の鬱になっており、繰り返し訪れる躁鬱の波に打ちひしがれながら、恐怖心のあまり対人恐怖症になっていたのだ。
なので、もっぱら、暇さえあれば例のバーチャル空間に入り浸っていたのだ。
嫌がらせの内容は前にもお話したが、待ち伏せ、尾行、盗聴、メールハッキングなどだ。
怖くて友達同士のメールもできなくなり、メッセンジャーでさえもログを取られているような恐怖感に襲われ、例のバーチャル空間が唯一の憩いの場所になってしまったのだ。
実はこの伝言女性Aとは、陰謀集団の度重なる嫌がらせ攻撃の末、そのせいで、鬱になり会うことが不可能になり、幸子の方から交際を断っていたのだった。
ただ、その時幸子は陰謀集団のせいだという事は一言も伝言女性Aに告げなかったのだ。
平和主義で、お気楽、気楽の日和見主義の幸子にとって、やっかいな問題が次々頻発すると、それだけでもうこの人とは縁がないと見限ってしまう所があったのだ。
また、用心深い幸子は、相手の事を気遣うのと自分の保身の為に、自分から断ったのに相手から断られたとネット内の日記サイトに毎日のように書き綴っていのだから頭が下がる思いだ。
しかし、その善意から行った行動が後々大きな誤解と不幸を巻き起こすとは幸子はこの時少しも考えが及ばなかったのだった。
気づけばもう一時間以上もバーチャルの中で伝言女性Aと気づかずにそのアバターをお喋りをしていたのだ。
そのアバターの名前は、ライラだった。
ライラの話は驚くべき内容だった。
「そうなのよぉ、家も盗聴されたことあってね、彼氏が遊びに来た時の声を録音されて電話に出た時流された時は驚いたわ、あの時の声を流すのだけはやめて!!って思ったわ」
「戻ろうと思えば、戻れるかもしれない、でも僕には戻る気はもうないのだよ」
「それは何故!」
米田は、激しく感情をぶつける様に義男に食い下がった。
気づけば、いつの間にか手のひらを強く結んで拳を作っていた。
そして、その拳をブルブルと震わせていたのだ。
「僕は、“愛しい者”に会えた、もう何も現世に思い残すことはないのだよ、もちろん、ありとあらゆる術を心得ているから、その気になれば肉体も蘇生出来ると思うよ、だけどもうそのつもりは僕にはないのだよ」
「“愛しい者”ってそんなに大事なものかい?それに、いったいそいつは誰なんだい?!」
米田が繭と顔をしかめてそう問いかけると義男は何も悪びれる事もなくまたこう続けたのだ。
「誰かって?教えてあげよう!さあ、僕の“愛しい者”よ彼の下へお行き!!」
そういって半透明人間のような義男の上半身の右手がさぁ~~っと米田を指差すとその途端、なんと米田が身を捻らしてもがき出したではないか。
「うぅっ、うっ、苦しい・・・!なんだこれは、息が詰まりそうだし、頭が割れるように痛い」
突然、全身を貫くような激痛を受け、苦しそうに米田が自室でのたうち回って喚くと、
「それは、可愛そうに、でも君は誰だか知りたいとさっきいったじゃないか、なら絶えなければ駄目だよ」
と冷たく吐き捨てるように義男が薄笑みを浮かべながら、言い放ったのだ。
義男はもうすぐ分かるさと言いたげに米田の全身を走る激痛の苦しみをよそに涼しい顔だったのだ。
「苦しい、俺は死ぬのか?おい義男教えろ!?」
激痛に耐えながら米田が、義男に問いかけると冷たい表情で義男はこう言った。
「残念ながら、それは僕にも分からない、」
「な、なんだと、無責任な!」
苦しそうに喘ぎながら米田が喚くと
「何故なら、それは愛しい者が決めることだからだよ」